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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)371号 判決 1970年9月24日

上告人

和光商事株式会社

上告人

小杉正作

右両名代理人

伊賀満

上告人

小杉栄次

上告人

晃和興業株式会社

上告人

小杉武免代

被上告人

有限会社丸三商店

代理人

後藤信夫

遠藤光男

後藤徳司

主文

原判決中、上告人和光商事株式会社、上告人小杉栄次および上告人小杉正作に対する各請求に関する部分、上告人晃和興業株式会社に対する損害金請求に関する部分をいずれも破棄し、右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

上告人小杉武免代の上告および上告人晃和興業株式会社に対する建物明渡請求に関する部分についての同上告人の上告をいずれも棄却する。

前項に関する上告費用は、上告小杉武免代および上告人晃和興業株式会社の負担とする。

理由

上告人らの上告理由について。

まず、上告人和光商事株式会社(以下上告人和光商事という。)および上告人小杉栄次に対する各請求についてみるに、原判決は、被上告人が、昭和三五年一二月六日上告人和光商事(当時の商号和光実業株式会社)に対し、金三、五〇〇万円を弁済期は昭和三六年一月五日利息は一ヶ月四分の割合(ただし、表面上は利息日歩四銭一厘、遅延損害金日歩八銭二厘)の約定で貸し付け、一ヶ月分の利息として金一四〇万円を天引して現金三、三六〇万円を交付し、上告人小杉栄次は被上告人に対し上告人和光商事の右返還債務を保証したこと、被上告人は、右の貸付にあたり上告人和光商事所有の本件建物および上告人小杉栄次所有の本件土地につき、右上告人らとの間で上告人和光商事が右弁済期に債務を弁済しないときは、被上告人の予約完結の意思表示により同土地、建物は右の弁済にかえて被上告人に移転する旨の代物弁済の予約をそれぞれ締結し、右代物弁済予約を原因として昭和三五年一二月七日それぞれ所有権移転請求権保全の仮登記がなされたこと、被上告人は、右の弁済のないことを理由に右上告人両名に対し昭和三六年六月八日本件土地、建物につき代物弁済予約の完結の意思表示をしたこと、以上の事実を確定し、これによれば、被上告人は代物弁済予約の完結により本件土地、建物の所有権を取得したものというべきであり、被上告人に対し、上告人和光商事は本件建物につき、上告人小杉栄次は本件土地につきそれぞれ前記所有権移転請求権保全の仮登記に基づき昭和三六年六月八日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をする義務があるとして、右上告人両名に対し右の本登記手続を求める被上告人の請求を認容しているのである。

思うに、所有権に関する仮登記の原因たる契約が消費貸借上の債権を担保するために締結された場合においては、その契約が停止条件付代物弁済契約または代物弁済予約の形式をとつていても、本来の代物弁済を成立させるためのものではなく、その実質は、単にその形式をかりて目的不動産から債権の優先弁済を受けることを目的とするもので、担保権と同視すべきものであり、したがつて、右目的達成のため、債権者は、債務者が弁済期に債務の弁済をしないときは、目的不動産を換価処分し、またはこれを適正に評価することによつて具体化する右物件の価額から、優先弁済を受けるべき自己の債権額を差し引き、その残額に相当する金銭を清算金として債務者に支払うことを要する趣旨の債権担保契約と解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年(オ)第五五七号同四五年三月二六日第一小法廷判決、民集二四巻三号、昭和四二年(オ)第一二〇〇号同四五年七月一六日第一小法廷判決参照)。そして、かかる契約においては、停止条件成就または予約完結後であつても、債務者は、その換価処分前または評価清算前には債務を弁済して目的不動産を取り戻しうるのである。一方、側権者が換価処分または評価清算をして自己の債権に対する優先弁済の目的を達するためには、目的物件につき所有権移転の本登記を得、その占有を取得することが是認されなければならないが、このような債権者の本登記手続ないし引渡の請求に対し、債務者が、前記清算金の支払と引換えにのみその履行をなすべき旨を主張したときには、債権者が第三者への換価処分による売却代金を取得したのちにのみ清算金を支払えば足りると認められる客観的な合理的理由がある場合をのぞき、債権者は、その引換えの要求に応じなければならないものと解するのが相当である。けだし、債務者が、みずから目的不動産の取戻権を失うことを承知しながら、その時期における価額を基礎とした清算を求めている以上、右のような合理的理由のないかぎり、債権者の本登記手続請求訴訟において、担保目的の実現とそれに伴う清算を一挙にはかるのが公平の観念に照らし妥当であるからである。

かかる場合において、債務者が支払を受けるべき清算金の額は、本登記手続等請求訴訟の事実審口頭弁論終結時における目的不動産の時価から債権者の有する債権額を差し引いた残額を限度とし、後記のようないわゆる後順位債権者があるときは、これに支払われるべき清算金を差し引いた残額と解すべきである。

しかして、債権者が、同一の債権の担保として数個の不動産上に右のような担保権を有し、同一訴訟手続によつてその本登記手続を請求しているときは、特段の事情のないかぎり、各不動産の価額に準じて債権者の有する債権額を按分したうえで、以上の配分をなすべきである。

いま本件についてこれをみるに、本件代物弁済予約は、被上告人の上告人和光商事に対する債権担保のためになされたものであることは、原審の確定するところである。そして、本件記録に徴すれば、上告人和光商事および上告人小杉栄次は、被上告人の有する権利の実体は担保権にすぎないものとして被上告人の請求を争う趣旨と解されるのであるから、適切な釈明いかんによつては、被上告人らにおいて前記のような主張、立証をなす余地があるにもかかわらず、原審は、この点の配慮をなすことなく、右請求を認容しているのであつて、右に説示したところに徴し、右原審の判断には、審理不尽の違法があるといわなければならない。

つぎに、上告人晃和興業株式会社(以下晃和興業という。)および上告人小杉武免代に対する本件建物明渡請求についてみるに、原判決は、上告人晃和興業が本件建物を、上告人小杉武免代が同建物中被上告人主張の売店部分をそれぞれ占有していることは当事者間に争いがないが、被上告人が本件仮登記を得る前にすでに右上告人らが本件建物の引渡を受けて占有していたことについてはこれを認めるに足りる証拠はなく、してみれば、かりに右上告人らが本件建物につき賃借権を有していたとしても、被上告人が本件建物の所有権を取得し本登記を経由した場合にはこれに対抗しえないとして、右上告人らに対しそれぞれの占有部分の明渡を求める被上告人の請求を被上告人が所有権取得の本登記を経由することを条件に認容しているのである。

案ずるに、停止条件付代物弁済契約または代物弁済予約の形式をかりた債権担保契約のある場合において、その目的不動産を第三者が賃借して引渡を受け占有していたとしても、その賃借権の設定およびその対抗要件の具備が、右契約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記のされた後であるときは、賃借人は、担保目的実現の手段として右物件につき所有権取得の本登記を経由した債権者に対し、賃借権をもつて対抗することができない(前掲昭和四二年(オ)第一二〇〇号同四五年七月一六日第一小法廷判決参照)。そして、債権者がいまだ本登記を経由していなかつたとしても、右のような関係にあるときは、債権者は、あらかじめその必要があるかぎり、賃借人に対し本登記を経由することを条件に、その占有の排除を求めることができるものと解すべきである。もつとも、右の者が単なる不法占有者であるときは、条件成就または予約完結後であるかぎり、債権者は、その本登記を経由する前であつても、右担保権に基づきその占有を排除することができるのである。

しかるに、原判決は、右上告人らが賃借権を有するものであるか否かについては確定していない。そうすると、右上告人らが賃借権を有しないとすれば、右説示に徴し、被上告人の右上告人らに対する請求は、右のような条件を付することなく認容されるべき筋合であつたといいうるが、条件を付した点については、右上告人らにとつて利益な判断であるから、この点の不当を争つて原判決を非難することは、上告適法の理由とすることはできず、結局右上告人らのこの点に対する論旨は採用することができない。

さらに、上告人晃和興業に対する損害金請求についてみるに、原判決は、上告人晃和興業は被上告人に対抗しうるなんらの権原なく本件建物のほとんど全部を占有しているから、同上告人は被上告人が現実に本件建物の所有権を取得した日の翌日である昭和三六年六月九日から明渡ずみまで本件建物の賃料相当の損害金を被上告人に支払う義務があるとし、一ヶ月金四〇万円の割合による賃料相当額の損害金を求める限度で被上告人の請求を認容しているのである。

しかし、建物明渡請求についての判示部分で説示したように、原判決は、一方では、上告人晃和興業が賃借権を有するか否かにつき事実を確定することなく、被上告人は本登記を経ないかぎり自己の所有権取得を対抗しえないとの理由で、被上告人において本登記を経由することを条件として、右上告人に対する本件建物明渡の請求を認容しながら、他方、損害金請求については、右上告人は被上告人に対抗しうるなんらの権原を有しないとするほか格別の理由を付することなく、被上告人において予約完結をした日の翌日からの損害金の請求をそのまま認容しているのである。したがつて、原審のこの点についての判断には理由そごないしは審理不尽の違法があるものといわなければならず、論旨は理由がある。

すすんで、上告人小杉正作に対する請求についてみるに、原判決は、上告人小杉正作は本件建物につき昭和三六年五月二二日所有権移転請求権保全の仮登記、根抵当権設定登記、賃借権設定の仮登記を了していることを確定し、これによれば同上告人の右各登記は、被上告人が本件建物につき有する前記仮登記よりおくれたものであることは明らかであるから、仮登記権利者である被上告人が所有権を取得し本登記を有するに必要な要件を具備するに至つたときは、右上告人は、その登記にかかる権利をもつて被上告人に対抗することができない地位にあり、被上告人が右本登記手続をなすことを承諾する義務を有するとして、右上告人に対し右の承諾を求める被上告人の請求を認容しているのである。

しかしながら、すでに説示したとおり被上告人の有する代物弁済予約に基づく権利なるものの実質は、担保権と同視すべきものであるから、かかる場合においては、抵当権者その他目的不動産の交換価値からその有する債権について優先弁済を受ける地位を債務者から取得した者(以下後準位債権者という。)は、目的不動産の有する価値のうち債権者において優先弁済を受けた残余の部分については、なお自己の債権に対して優先弁済を受けうる地位にあり、債権者の本登記手続承諾の請求に対しては、右清算金の支払と引換えにのみ承諾義務の履行をなすべき旨を主張しうるものと解するのが相当であり(前掲昭和四二年(オ)第五五七号同四五年三月二六日第一小法廷判決参照)、この場合において、支払を受けるべき清算金の額は、右本登記承諾請求訴訟における事実審口頭弁論終結時における目的不動産の時価から債権者の有する債権額を差し引いた残額を限度とし、後順位債権者が数人あるときは、その優先順位に従つて順次支払を受けるものと解すべきである。

そして、原審の確定した前記事実関係によれば、上告人小杉正作は、右にいう後順位債権者であるから、みずから清算金の支払を受けるべき地位にあり、その支払と引換えにのみ承諾義務の履行をなすべき旨を主張しうるものというべきである。もつとも、同上告人がこの承諾を求められる原因となつた右登記中には所有権移転請求権保全の仮登記および賃借権設定の仮登記をも含むのであるが、この各仮登記は、いずれも一体として根抵当権の設定と併用してなされた同一債権担保の目的を有する債権担保契約に基づく登記とみることができるので、同上告人が右の主張をする場合においても、これは一体として取扱われるべきものである。しかして、本件記録に徴すれば、同上告人においても、被上告人の有する権利の実体は担保権にすぎないものとして、被上告人の本登記手続承諾請求を争う趣旨と解されるのであるから、適切な釈明いかんによつては、右上告人において前記のような主張、立証をなす余地があるにもかかわらず、原審は、この点を配慮することなく、右請求を認容しているのであつて、叙上の説示に徴し、右原審の判断には、審理不尽の違法があるものといわなければならない。

以上の理由により、原判決中、上告人和光商事、上告人小杉栄次および小杉正作に対する各請求に関する部分、上告人晃和興業に対する損害金請求に対する部分をいずれも破棄し、右破棄部分につき前記の諸点の審理を要するため本件を原審に差し戻すこととし、上告人小杉武免代の上告および上告人晃和興業に対する建物明渡請求に関する部分についての同上告人の上告をいずれも棄却することとする。

なお、被上告人は、上告人は、上告人晃和興業に対しても本登記手続承諾請求をしていたところ、原審は、判決の理由中で、上告人晃和興業は、右承諾義務を負う旨判示しながら、主文において、この請求部分について判断していない。この点は、裁判の脱漏というべきであるから、原審は、右差戻部分とともにこれを審理すべきである(最高裁判所昭和四三年(オ)第三九七号同四四年六月五日第一小法廷判決、裁判集(民事)九五号四八一頁参照)。

よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 岩田誠 大隅健一郎)(松田二郎は退官につき署名押印することができない)

上告人らの上告理由

原判決は審理不尽、理由不備の違法がある。

一、原判決の理由第一項に判示するとおり、原判決は被上告人は上告人和光商事株式会社(以下上告人和光商事(株)と略称する)に対し、昭和三五年一二月六日、弁済期を同三六年一月五日と定めて貸付けた金三、四〇二万円の貸金元本債権を有することを認定し、この貸付に当り、上告人和光商事(株)所有の一審判決別紙目録(一)記載の建物(以下本件建物という)および上告人小杉栄次所有の同目録別紙(二)記載の土地(以下本件土地という)につき、右上告人両名との間で上告人和光商事(株)が右弁済期に右債務を弁済しないときは、被上告人の予約完結の意思表示により同土地、建物の所有権は右の弁済にかえて被上告人に移転する旨代物弁済の一方の予約をそれぞれ締結し、右代物弁済予約を原因として、本件建物につき東京法務局文京出張所昭和三五年一二月七日受付第一八、四五七号をもつて、本件土地につき同出張所同日受付第一八、四五九号をもつてそれぞれ所有権移転請求権保全の仮登記がなされたこと、被上告人は右上告人両名に対し昭和三六年六月八日到達の書面で、本件土地建物につき右代物弁済予約の完結の思意表示をしたことは当事者間に争いがないと認定し、右の事実によれば、被上告人は右代物弁済の予約の完結により、本件土地、建物の所有権を取得したものである云々と認定して、本件土地、建物の所有権に基き、これが仮登記による本登記手続を求める被上告人の請求は理由があると認定している。

二、しかれども、かかる認定は次に述べるとおり、本件に於ける本件土地、建物についての抵当権設定金員消費貸借契約とこれに付随した、これが債務不履行を停止条件とした代物弁済予約契約とが一体となつたいわゆる担保契約であつて、その実質が本来の代物弁済契約とは異るものであるのに、前示原審判示はこれが単なる本来の代物弁済契約のごとく判示したことは審理不尽、理由不備の違法があると思料する。即ち、

(1) 第一審判示の「事実」第二の原告の請求原因一の(1)(2)のとおり、被上告人は上告人和光商事(株)に対し、昭和三五年一二月六日金三、五〇〇万円を弁済期昭和三六年一月五日、利息日歩四銭一厘、遅延損害金日歩八銭二厘の約定で貸付け、上告人小杉栄次はこれが返還を保証し、被上告人は右貸付にあたつて、上告人和光商事(株)所有の本件建物及び上告人小杉栄次所有の本件土地につき(これを担保として抵当権を設定したことは判示してないが、これは甲第一、二、三号証等により明白である)右上告人両名との間で、右弁済期に右債務を弁済しないときは、被上告人の予約完結の意思表示によつて本件土地、建物の所有権を右弁済にかえて被上告人に移転する旨の代物弁済一方の予約をそれぞれ締結し、翌一二月七日判示のとおりの各所有権移転請求権保全の仮登記をなしたこと、そして、この事実は右上告人らに於てこれを認め、争いない事実として確定している。(同第三項の上告人らの答弁一の(1))

(2) しかして、これを按ずるに、本件の場合のごとく債権担保を目的として、本件土地建物に抵当権を設定し、併せて、右各不動産につき債務不履行のときは代物弁済の予約を結んだ、いわゆる担保形体的一体の契約がなされたときは、その実質が本来の代物弁済契約ではなく、単にその形式をかりて目的物から債権の優先を受けようとしているに過ぎない場合がありうる。(最高裁判所昭和四一年(オ)第一五八号同年九月二九日第一小法廷判決民集二〇巻七号一四〇八頁)

(3) また、かように貸金債権担保のため不動産に抵当権を設定し、これに付随して該不動産につき代物弁済の予約がなされた場合に、弁済期における当該不動産の価額と弁済期までの元利金債権額とを比較した場合に該不動産の価額が元利金債権に比し、著しく高価の場合に於ては特別の事情のない限り、債務者が弁済しないときは債権者において目的物件を換価処分し、これによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、超過分はこれを債務者に返還する趣旨であると解することが相当であると思料する。これは利息制限法の立法趣旨よりしてもかく解することが至当であり、また、当事者、ことに債務者のかかる抵当権設定金員消費貸借契約これに附随する代物弁済契約の趣旨よりしてもかく解することが、かかる契約の本旨にそうものである。すなわち、かかる場合その実質は担保権と同視すべきもので(最高裁判所昭和三九年(オ)第四四〇号同四一年四月二八日第一小法廷判決民集二〇巻四号九〇〇頁)この場合には特定物件の所有権を移転することによつて既存債務を消滅せしめる本来の代物弁済とは全く性質を異にするものであり、停止条件成就ないし予約完結後であつても換価処分前には債務者は債務を弁済して目的物件を取り戻し得るものである。これは次に述べる単なる代物弁済契約の本質よりしても思考せられるところである。

(4) すなわち、代物弁済契約は本来の給付に代えて、他の給付を現実になすことにより債権を消滅させる契約であるから、これは特殊の要物かつ有償契約であり、単なる給付の約束のみではたりないものであつて、他の給付が現実になされることを要するものであるから、本件のごとく代物弁済の目的物件が不動産の場合にあつては代物弁済の意思表示をなしたのみでは足らず、対抗要件である所有権の移転登記手続及び占有の引渡等によつて代物弁済は成立し、このときにその債権も消滅するものであるから、それまでは債権は消滅せず依然として存在すもるのであると解すべきである。(大正六年八月二二日大審院民事三部判決民録二三輯最高裁判所昭和三七年(オ)第一〇五一号昭和三九年一一月二六日第一小法廷判決)

(5) しかるに、以上のごとき見解は前記各最高裁判所の判示とあいまつて、本件をみるに、本件抵当物件であり代物弁済の目的物件である、本件土地及び建物の価額が本件債権額に比し遙に過大であるから第一審に於て、上告人らはかかる代物弁済の予約及びこれが予約完結権の行使は暴利行為として公序良俗に反するとの抗弁をなした。そして、その過大であることについては次のとおりである。

(イ) 原審判示のごとく、被上告人の本件貸付元金は弁済期の昭和三六年一月五日(契約時同三五年一二月六日であるから殆んど同一)に金三、四〇二万円であり、そして、代物弁済予約完結の意思表示がなされた昭和三六年六月八日までの法定損害金五二〇万円を加算しても金三、九二二万円であるのに比し、第一審に於て認定している本件土地の時価は金五、〇〇〇万円で、本件建物の時価は少くも六、五〇〇万円から七、〇〇〇万円であるから、本件土地建物の合計は金一一、五〇〇万円から一二、〇〇〇円であり、債権額の約三倍に当る。したがつて、その差額は実に約八、〇〇〇万円であるゆえ、被上告人はかかる巨額の暴利を得ることによつて上告人光和商事(株)及び小杉栄次はかかる損害を蒙る結果となり、しかも後順位抵当権付債権者である訴外神田信用金庫、上告人晃和興業株式会社、同小杉正作らはこれが抵当権を失う不衡平の結果となる。

なお、第一審判示によると、本件建物は映画館として建築され当時映画産業は斜陽化にあるから減価評価せざるをえないと判示してるけれども、現在はもとより、当時に於ても、映画界に於ては既にその需要供給の経済原則により整理がなされている実情にある。(すなわち、本件映画館の動員可能地域に映画館が八館あつたが、この建物は木造にて老朽し、老朽館は自然消滅の状態となり、現在では設備優秀の本件映画館のみとなつている)ゆえに、本件映画館の営業収益は極めて好状態にある。また、第一審判示は本件鉄筋コンクリート造の建物が建てられたことによつて減価がなされたものであると認定しているが、かかる場合の減価も極めて僅少であることは公知の事実である。これらは次に示す鑑定によつても明らかである。

(ロ) また、訴外東洋信託銀行株式会社の昭和四三年一月一一日当時の本件土地建物の評価についてみても、本件土地は六、五二二万三、〇〇〇円であり、(内訳は本件土地二〇〇坪が区画整理により本駒込四の一五七の一、宅地254.54平方米「単価九万七、〇〇〇円で二、四六九万円」及び同所四の一五三の一、宅地333.88平方米「単価一二一、四〇〇円で四、〇五三万三〇〇円」本件建物は八、七七五万二、〇八〇円でこの土地建物の合計価額は一五、二九七万五、〇八〇円である。したがつて少くも前示被上告人の本件貸金債権の元利金債権の四倍弱であり、その超過額は実に金一一、三七五万円の多額となるものである。

しかして、原審に於ては上告人らは昭和四二年五月一一日午前一〇時の第一九回口頭弁論期日に於て、代物弁済契約が暴利行為を目的とするものであるという主張は撤回したが、原審に於ても前叙のごとき実情で本件債権と代物弁済の各目的物件の価額が不均衡であることは必ずしも否定していなかつたものである。

(6) 以上のごとき実情(二項(1)(2)(3)(4)(5))のもとに於ては、かりに前叙のごとく本件抵当権設定金員消費貸借及びこれに附随した債務不履行の場合の代物弁済の予約契約につき、当事者間に見解の合致があつたとしても、裁判所がこれと異る法律判断をすることの妨げとなるものではないから、裁判所はすべからく釈明権を行使して、これが契約内容を明確にし或は本件土地建物の価額の鑑定などして、本件代物弁済が合理性を有するか否かを明らかにすべきであり、その結果、若し前叙のごとき実情のもとに於ては、本件債務不履行の場合の代物弁済予約契約が債権の優先弁済を受けることを目的とし、被上告人に清算義務を負わせることを内容とする一種の担保契約に過ぎないことが明らかになるにおいては、被上告人の権利主張は本件債権について先順位権利者として優先弁済権を主張してその満足を得る範囲に限られるべきである。したがつて、後順位抵当権者らに代物弁済契約による仮登記上の地位をこれらの第三者である右神田信用金庫、被上告人晃和興業株式会社小杉正作らに対抗せしめ本登記手続承諾請求を求め、或は本件建物の占有者である被控訴人晃和興業株式会社に対しこれが明渡及び賃料相当の損害金の請求をなすがごとき必要以上に第三者に損害を及し、被上告人を保護することは許されないものといわねばならない。

(7) 果してしからば、原判決が本来の意味における代物弁済の予約契約が成立しているものと判断したことは、本件抵当権設定金銭消費貸借及びこの債務不履行を条件とした代物弁済の予約の契約につき、その内容の確定につき審理不尽理由不備の違法があるものと思料する。これは本件が原審に於てその口頭弁論が終結された昭和四二年九月一四日後の昭和四二年一一月一六日に判決があつた最高裁判所昭和四〇年(オ)第一四六九号事件の破棄差戻判決の判示によつても思考されるところである。

三、(1) また、仮りに、被上告人の本件代物弁済の予約完結権の意思表示が有効になされうるものであると仮定しても、前叙(二項の(4))のごとく代物弁済の本質よりしても、被上告人が前叙のごとく代物弁済予約完結の意思表示をしただけでは代物弁済は成立せず、代物弁済の目的物件である本件土地建物につきこれが所有権移転登記手続が完了し、かつこの各物件の引渡しが完了するまでは代物弁済は成立しいてないから(本件の場合この各行為が完了していないことは明白である)被上告人の本件代物弁済の対照となつた債権も消滅せず依然として存在しているものであるゆえ、債務者である上告人光和商事(株)及び同小杉栄次は債務者としてこれを弁済して債務を消滅させ、よつて被上告人の代物弁済の意思表示の効力を失致せしめることもできるものである。

(2) ゆえに、被上告人晃和興業株式会社及び被上告人小杉武免代に対する本件建物の明渡も本件建物の仮登記に基く本登記手続を経るとともにこれが引渡しを得たとき代物弁済が成立し被上告人が上告人光和商事(株)及び上告人小杉栄次に対する本件代物弁済の対象となつた債務が消滅するものであるから、このときに初めて被上告人は本件建物の占有使用者である上告人晃和興業株式会社に対し、これが使用の損害金を請求できることとなるものであるのに、原審に於ては本件建物の本登記手続及びこれが引渡が終つていないのにこれが使用の損害金一ケ月四〇万円の支払を無条件に認めたことは本件抵当権設定金銭消費貸借及び債務不履行を条件とした代物弁済予約契約の前叙のごとき本質を釈明権を行使するなどして明らかにすべきであるのに、これをなさず、かかる認定をしたことは審理不尽、理由不備の違法があるものと思料する。

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